中国の脅威(^_^;) その2

  
『写真は今月25日に先に出発するユキの米国土産を…』



そんな訳で…
私は幼い頃から母や叔父から満州での話を良く聞かされ、
水餃子やジャージャ麺など満州料理?は私の大好物で
満州という国が中国であることも…
ソレが中国のどの辺にある事も知らないまま
ナンだか""憧れ"のような印象を持って育ちました。



私より13歳年上の母の弟である叔父と同居していた時代があって
私は兄のように慕っていたのですが
その叔父は満州での暮らしを何時も楽しく話してくれて
「スッカリ変わってると思うが行ってみたい!」という叔父に
「その時は一緒に!」と願っていました。




叔父は満州での思い出も書き綴っていて…
ワープロで纏めたモノも私は持っています。
しかし、ある時期から満州の話をしなくなって
「旧満州を訪ねる事もしない!」と断言しビックリしました。
日本の満州における"現実"や"歴史"を認識するにつれ
少年時代の純粋な思いが壊れて7年前に75歳で亡くなりました。




歴史なんてモノは視点によって真逆にでもなるもので
真実なんて分かるものではありませんが
日本が植民地として満州を支配していた事は事実です。
祖父は全財産を満州に捨て…
晩年は原宿の豆腐屋の2階の安アパート祖母と暮らし
何時も武士のように正座し、
いつも日本酒と湯豆腐だけを食べていて
満州の事など一言も聴く事も出来ず、口に出す事もなく、
私が中学生2年の時に60歳で亡くなりました。




しかし日本がもしアノ戦争で勝利し
満州朝鮮半島を植民地として支配していたら
戦後世界中で起きたように内戦が勃発し
最終的には独立を果たしたでしょうから
日本が戦争に負けて平和国家になった事は良かったと思っています。







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